「責任果たしていない」 警察庁長官が宮城知事批判、どの口がそれを言うか???

 宮城県警捜査報償費の執行停止問題で、漆間巌警察庁長官は30日の記者会見で「捜査協力者に知事が会う目的で文書の開示を求めるのは警察活動への介入そのもの。言語道断だと思う」と述べ、浅野史郎同県知事の姿勢を批判したそうです。

 漆間長官は「知事の考え方、行動に疑念を持っている」と述べています。つまり、中央官庁の官僚の長が県知事ごときなにもとのぞ、と批判しているわけです。
 しかも「警察活動は政治的中立性が担保されていることを知っているのか。協力者の秘匿は警察活動において絶対的に必要だ」とまで述べています。

 これは開き直りでしょう。既に多くの地方警察で裏金づくりが、告発されています。以前も書きましたがこれに地方警察を間接支配している警察庁がかかわっていななければ何故どこの地方警察でも同じ様な裏金作りができたのでしょうか。
 実際警察庁から地方警察にいくと豪華な接待を受けているじゃありませんか。漆間巌警察庁長官の発言は裏金つくりを裏書きしているようなものです。「警察が中立に活動」せず、こっそりと裏金をつくっているから政治家が問題にしているんでしょうが。

 しかも県知事は県警本部長の上司です。「政治的中立性」というのは犯罪捜査に警察が介入しないということです。警察が犯罪を犯した、ないしはその可能性があるということであれば政治が介入するのは当たり前です。

 漆間巌警察庁長官は「三権分立」なるモノをご存じなのでしょうか。行政、立法、司法が互いに牽制しあうというのがこのシステムです。これを否定し、警察官僚が一切の干渉をも受けずに、暴力装置として存在するならば、そういう国は民主国家とは呼ばれません。

 漆間長官は「警察官僚による独裁」が許される、そう思っているのでしょう。こういう危険人物に公権力を行使させてはいけません。政府は即座にこの危険思想の人物を解雇すべきです。

 以前警察による共産党幹部盗聴事件がありましたが、その際政府はその事実をみとめたものの、警察庁は認めませんでした。ここできちんと対応しておかなかったから、こういう公権力のなんたるかを勘違いした馬鹿者が長官になるんです(断っておきますがぼくは共産党も、井上ひさしも大嫌いです、そこんとこヨロシク)。

 インチキ書類をでっち上げさせられ、良心の呵責に耐えかねて、辞職したり、首を吊ったりする現場の下級幹部のことを考えたことがあるんでしょうか、この人は。
 そういえばキンタマを撃たれた>国松元警察庁長官は億ション二つをキャッシュで購入していますね。資産家でもないのに、どこからカネをひねり出したんでしょうか。まさか、万馬券がガンガンあたったとか、3億円宝くじにあたったとかベタな言い訳するんですか。 

 「執行停止によって一線の捜査活動に大変な支障が生じ、治安回復の活動にもブレーキがかかる。知事は治安責任を果たしていないのではないか」だって。実際どのくらいの人が協力費をもらっているのか、いないのか、内閣府は調査すべきです。
 また、もらえる金額をもらっていない人は総務省に連絡しましょう。

 「知事は警察活動をより促進することで県民の安全を守る治安責任を負う。報償費の執行停止によって宮城県警の一線の捜査に大変な支障が生じ、治安回復の活動にもブレーキがかかる」とも漆間長官は述べています。
 警察官僚が裏金づくりという「犯罪行為」をおこなったり、内部のうさんくささに嫌気がさして士気が下がっているら犯罪が増えているじゃないでしょうか。速やかに警察官僚以外に監査を任せ、事態の究明をおこなうことが「警察活動のより促進」につながるんじゃないですか。

 「知事が協力者に会うと言うなら、捜査の大原則である『協力者の秘匿』から絶対に譲れない。(協力者に接触する)捜査員に会わせることは構わないし、協力者に会わないという前提ならば文書を開示してもいい」
とも仰っています。つまり県知事ごときは信用できない、と。じゃあ、あっちこっちで裏金づくりがばれているが、その主犯容疑者である警察庁長官のことはもっと信用できないでしょう。

 幸い今、都議選の真っ最中です。各党に漆間巌警察庁長官のこの発言をどう思うかと、尋ねてみると面白いと思いますよ。

(共同)

(07/01 00:32)

内閣府HP:http://www.cao.go.jp/
総務省HP:http://www.soumu.go.jp/
自民党HP:http://www.jimin.jp/
公明党HP:http://www.komei.or.jp/
民主党:HPhttp://www.dpj.or.jp/
社民党HP:http://www5.sdp.or.jp/
共産党HP:http://www.jcp.or.jp/

この記事へのコメント

土門見人
2005年07月02日 07:54
警察官僚という存在は、『踊る大捜査線』が全く可愛く思えるほど、庁益第一国家は第二という精神で染まっているようです。
「自分たちキャリアに誤謬なし」「自分たち以外の判断は誤り」の神話に固執するザマは、醜い限りですが、実際に権力を握っているから始末に悪い。
 思えば、警察官僚上がりの政治家だった後藤田が、湾岸危機当時の掃海艇のペルシャ湾派遣を妨害したり、扶桑社版歴史教科書の採択を外務省キャリアと結託して妨害したのも、当然の行動なのでしょう。後藤田のような官僚にとって居心地が良いのは、GHQの御威光を背後に、官僚が国民を支配できた戦後民主主義の世界なのです。何より、警察官僚にとって目の上のタンコブだった軍部が消滅したのですから。
 試験秀才の官僚を、国民から選ばれた政治家より尊重するのは、実は歴代支那王朝のような封建国家や共産主義国家の特徴です。
 近代的民主主義国家では、権力は試験秀才ではなく、政治家に委ねられるべきです。
キヨタニ
2005年07月02日 08:43
国家警察と地方警察をまず分離、すべきです。
来月号の「軍事研究」で関係する記事を掲載予定です。
土門見人
2005年07月02日 21:32
さしずめやはり警察キャリアOBの佐々淳行氏は反対論の急先鋒になるでしょう。戦後の国家・地方警察(それも市町村単位に分割された時代)に、現場警察の腐敗を目の当たりにしたという原体験を振り回されるに違いありません。佐々氏の見識や功績を一概に否定はできませんが、彼もやはり官僚の枠を超えられない人物なのでしょう。
キヨタニ
2005年07月02日 23:33
佐々氏は話しも巧いし、人当たりもいいんだけど、何か根っこのところで同感できないですねえ。浅間山の時の失態も彼の責任ではなく、警察の体質ってのもわかるんですがねえ。

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